氷雨です。

そろそろインドから帰って2週間になるのですが、いまだ体調カンペキとはいえず。出発前より3,5キロ減の、41キロのまま。お腹なんてもうぺっちゃんこ! ダイエットするならインドよーーというのは、あくまで表向きな話。
バナラシ(ベナレス)で沐浴後、ありとあらゆる激烈な症状が出て,丸1昼夜寝込みました。心身共に大きな変化が起こり、今も続いているというのが実感です。しかし、いまだ言葉化できず。

同行した40代の友人が人間離れしているかのように元気で、看病してくれたのが本当ありがたかった。持つべきモノは若い友人!
そこで、今日はバナラシ動物事情とPC事情、そしてジョイの近況を。

まず、インドの人々は本当に動物を大切にします。最初に穀物などに生まれ、次に動物、そして人間に生まれ変わるという輪廻思想ゆえでしょうか。私の泊まったホテル内の迷路のような路地には、いつも聖なる白い牛がいて、毎朝誰かが大きな袋で餌をあげていました。
野性のサルが跳梁跋扈しているので、レストランは檻の中(サルが檻の中ではなく、私たちが檻の中で食事をする)
ネコの親子も人間を怖がらず、金網のすきまから入ってくる。川岸ではペットなのか、黒い子ヤギに麻袋を着せている人達もいました。
その他、リス、緑色の、尾の長い小鳥(インコかも)

動物のクソを踏まずに歩くのは不可能で、またクソは空からも降ってくる。白人の観光客はたいていラップトップかipad持参でしたが、ウエットティッシュで狂ったように液晶画面を拭いている人も。きっと空からの落とし物がくっついたのでしょう。

夫のサブちゃんからは、ホットメールのやりとりの仕方を教えてもらっていました。が、、、ホテルのレセプションにある2台のPCはブッコしている。しかも国際電話はできない、と。
で、Eメールショップを探していると、やれ「あっちだ」、やれ「向こうだ」−−で、どんどん狭い路地に入り込み,暗い半地下の店を発見したものの、周りは全員オトコ。キーボードの文字は消えかかり、ガタガタで、私の頭はほとんどパニック。

ようやく自分の受信トレイを開くことができましたが、2,3行打ったところでギブアップ。幸い、国際電話ができるというので、若い白人男性の通話が終わるのを待つこと3,40分。
サブちゃんの声を聞いたら、涙が出てきました。環境を話すと「もっとちゃんとしたところがあるでしょ」
ああ、わかってもらえない。「そりゃあ5つ星のホテルとかにはあるでしょう。でも、そんなとこ行かないし。ここにはもう2度とこれないから、レスは送らないで。そうだ、ジョイは! ジョイ、どうしてる?」「沈んでるよ」という返事にこちらの心も沈みそうになりますが、もう来てしまったのだから、あれこれ考えてもしかたありません。

かつて旅したネパールでは、Eメール+インターナショナルコール+ファックスショップに苦労したことは一度もありませんでした。つまりバナラシは観光客に優しい町ではなく、あくまでもインドの人々の巡礼地なのです。その証拠に観光客向けのTシャツ、キャップ、バッグなどを売る店はほとんどありません。少なくとも、私がうろついていた界隈では見かけませんでした。

さて。「ジョイには絶対に,お母さんという言葉は言わないでね」とサブちゃんに頼んで出かけました。あまりに体調が悪いため、帰りの成田エクスプレスから電話をして、彼に迎えに来てもらうことに。その時、言ったのです。「お母さん、もうすぐって言ってやってね」と。
彼が「お母さんを迎えに行ってくるよ」と言ったとたん! ジョイがぱっと彼に飛びついてきたそうです。その言葉を、どれほど待っていたのでしょう。

帰宅した私には飛びつくなんてものじゃない。飛びかかり、押し倒し、顔中なめまくり……。
私が留守をしていた6日間、ジョイはずっと無表情で、お風呂場のマットをくわえてくるなどのいたずらもまったくしなかったとか。ジョイにとっては初めての試練。「お母さん、まだ帰ってこない。夜になって朝になっても、まだ帰ってこない」と,ずっと思っていたにちがいありません。

サブちゃんが「やっと普段のジョイの顔に戻ったな」と言ったのは、2,3日してからでした。今ではいたずらも復活し、なんだか前より甘ったれになったみたい。

画像は、サブちゃんが不憫に思って買ってやった「世界一じょうぶなおもちゃ」というフレコミの玩具。ジョイは3日で破壊しました。。。。

こちらはガンジス川で沐浴後、トイレで踏み洗いして天日に干したサリー。でも、あまりに苦しい思いをしたので、日本のクリーニングやさんへ出すなど、とても想像できず(未知のウイルスが広まっちゃったらどうする?)
友人も私も、物乞いの女性にあげてきました。
「いや。密封して,私が死んだら棺に入れてもらおうか」「いやいや。それも執着だ」など、さんざん悩んだのですが、手放してしまったら心がすっと軽くなりました。

またいつかバナラシを訪れたら、そしてあの物乞いさんが私たちのサリーを着ていたら、とてもうれしい。