反原発抗議行動

昨日、8月3日金曜日。
毎週、金曜日に行われる首相官邸前の反原発抗議行動に初めて参加しました。
6月中旬から欠かさず参加のS氏に連れていってもらったのですが、以下、ルポ風に書いてみます。

集会は6時から8時だが、遅くなると人が溢れて遠くへ誘導されてしまうとのこと。Sさんと4時に豪徳寺駅で落ち合い、千代田線で国会議事堂前へ。
構内にはすでに警官がいっぱいである。
4番出口から地上へ出ると、手作りのプラカードを手にした人々の列が伸びており、歩道と車道は鉄柵で仕切られ、警官が固めている。道の向こうには装甲車が並び、かなりの警戒態勢。
「血が騒いでも、投石しちゃだめだヨ」と、Sさんにからかわれる。

強烈な西日が照りつける中、Sさんは顔見知りと「やあ、やあ」と挨拶をかわす。
日本記者会館には、こんな立て札が。
デジカメを構えると、職員のかたが「ちゃんと写してね」

毎週、青森から来ているという日焼けした男性。明日アメリカに帰るので、今日はどうしてもという女性。首からスニアドラムをかけた人もいれば、ipadジョン・レノンの映像を流し、静かにアピールしている人もいる。年齢層は広いが、やはり中高年が目立つ。

「ノダはアメリカの手先なんだから、アメリカ大使館に行くべきだ」というオジサンの周りに人垣ができ、激論になる。ノダは麻原彰晃より悪いんだぞ。麻原はサリンだが、ノダは放射能で、何百年にわたって無差別大量殺人を犯すんだからな。地震は総理大臣のせいじゃないだろうが。バカどもが。オジサンは列に沿って、バカバカいいながら歩いていく。
報道関係者が多数往き来し、首都圏反原発連合代表・レッドウルフ女史が通り、共産党志位和夫が笑顔を振りまき、坂本龍一が通る。

ようやく陽が傾いた頃、随所にスピーカーが設置される。もうがまんできねえとキヨシローが歌い、Tシャツの背中に「再稼働、なんでやねん」と書いた少年が踊り出す。
旗が、のぼりが林立し、心地よい風に翻る。
原子力規制委員会人事を撤回せよ」というビラがまわってくる。

6時。音楽がやみ、首都圏反原発連合のアナウンスが流れる。抗議行動はあくまで非暴力で。スピーチは1人1分。気分の悪くなった人は白い腕章をつけたスタッフまで。
そして、腹に響く声で、「シュプレヒコール!」

人事院、反対!再稼働、反対!原発いらない!子どもを守れ!
こぶしが振り上げられ、にわかに空気が金気を帯びる。
小学生の男の子を連れたお母さんがメガホンを空に向け、「原発イラナーイ!」と叫ぶ。子どもが、「子どもを守れ!」と叫ぶ。

ごく一般の、普通の人々が足でリズムを取りながら叫ぶのを見て、ふと涙が出そうになる。
40数年前、ベトナム反戦運動を経て、安保粉砕、闘争勝利。上智全共闘として行動していた時は共感を得るどころか、敵に回してしまった人々……。
が。しかし。

一カ所に踏みとどまったまま、シュプレヒコールはキツイ。
腰は痛み、足はむくみ、つれる。歩きたいのだが、7時になっても列が動く気配はない。
「これ、歩かないの?」とSさんに聞くと、「デモじゃなくて、抗議行動だから」
そ、そうなんですか……。
必死でストレッチしていたら、タンバリンを持ったおじいさんに「大丈夫ですか?」と心配されてしまった。
背中にスローガンをつけ、巡回する自転車集団がうらやましい。

8時ジャストに感謝と決意の言葉をもって集会はお開きとなり、混乱もなく解散。
「疲れたねー」というSさんは、だが、まだまだ余裕の笑顔。
次は5時半頃に、後方に参加しようと決める。後ろは後ろで、ドガチャカやっていて楽しそうだし。

ーー以上、ざっとルポしてみました。

これまで私は反原発ではあってもーーもちろんーーこうした抗議の場に自分がいかなくても、と思っていました。節電など、できることを生活の中でやればいいのでは、と。
大江健三郎がこれからの人生は反原発に捧げると宣言したことを知っても、それは大江健三郎だからできること、と。
それが目からウロコというのではないのですが、自分が小さくまとまっていたのを痛感しました。

また、行こうと思っています。

NO,NUKES!